年末年始、毒親の元に帰省しなくても良くなったきっかけ

毒親・アダルトチルドレン

結婚や一人暮らしで毒親から離れて暮らしているアダルトチルドレンにとって、
年末年始の帰省ほど辛いものはないと思います。
かつてのトラウマも思い出してしまいますし、
心休まるどころか疲弊しに行ってるようなものです。

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しかしそれでも実家に行ってしまう

かつて私は嫌だと思いつつも年末年始必ず実家に行ってしまう人間でした。

  • 年末年始は家族一緒にいなければいけないという家族全員の義務感
  • 家に行かないと親から何をされるかわからない恐怖・面倒

この2つが主な理由でした。

子供の頃から年末年始は地獄イベントだった

正月=おおっぴらに酒を飲んでOK、というめでたい理由の元、
父は昼から酒を飲み始めます。
深酒になるにつれテレビに向かって悪態をつき、
そのうち家族に向かっても罵詈雑言を浴びせてきます。
母親は無視を決め込むので、父親はますます機嫌が悪くなり、
これ以上父親が怒鳴らないために子供の私が間に入って双方の顔色を伺いなだめる、
典型的ACの役割を担ってきました。

「お父さんお酒やめて。お母さんもちゃんと相手してよ」という私の主張は、
まったく無視されていました。

逃げ出したかったですが、子供の私にとって住むところはここしかありません。
正月は「どんなに辛くても耐え忍ぶイベント」でした。

私が大人になっても父親の酒乱と母親の無関心は変わることなく、
実家に行くたびに私は家族全体の調整役を担わねばならない立場になってしまうのでした。

行っても地獄・行かなくても地獄の毒親からの攻撃

「なら最初から行かなきゃいいじゃん!」
いやまったくその通りなんですが、行かなければ親からの

  • なんで・どうして攻撃
  • 男でもできたのか、と下衆な質問攻撃→派生型:その男を紹介しないと許さない攻撃(男が出来たなんて一言も言ってない)
  • 毎日メール・電話での「帰ってきなさいよ」攻撃

など繰り広げられるので、正直クソ鬱陶しいんです。
行っても地獄・行かなくても地獄なら、行って事を穏やかにしたらいい。
私が我慢すればいい。
半ば投げやりな感じで自分の感情を殺していました。

結局最後は爆発した

とある年の秋頃、実家に戻った時に、両親とかなりの大喧嘩をして、
「こんな家で時間を過ごす意味はない。年末年始は帰らない」と
物を投げてマジギレしました。
その勢いにびっくりしたのか、親はその後メール攻撃はしてきたものの
私が徹底無視するとあっさり引き下がり、
私は生まれて初めて(大人になって十数年後w)年末年始を家族と過ごさずに済んだんです。

また、「年末年始は帰らない」という前例を作ったことで、
翌年以降も帰省を回避することが出来ました。

もっと普通に「今年は帰らないよ」って言いたかった

結果、帰省の義務が消えて良かったんですが、
結局は怒りのパワーに任せなければ毎年恒例の地獄イベントを拒否することが出来なかったというあたり、私もまだACから脱却出来ていないんだと思います。

怒りの奥には「いい加減私の気持ちを分かってほしい」という
親への期待・要望があったからです。

ただ、毒親はそんな子供の気持ちは理解出来ません。
私が子供のころからずっと、どれだけ嫌な思いで年末年始を過ごしてきたかなんて、
私の両親はまったく想像しません。

…こうやって言葉ではスッと書けるんですけどね。
この事実を受け止められず、親への承認にまだこだわってしまっているところがあります。
自分の気持ちを受け止め、認めてあげられるのは自分だけ。
それが心の底から実感できれば、もっと自然に、普通に
「今年は帰らないから」って言えるのかもしれません。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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