毒親から離れる方法【実体験を紹介】

毒親・アダルトチルドレン

こんにちは、ねこぽんです。

毒親から洗脳・干渉・DVなど、毒親からの悪影響から逃れるためには物理的に距離を置くのが一番確実な方法だと思います。
しかし一方で、

もういい加減離れたい、でも具体的にどうしたらいいかわからない、なかなか一歩が踏み出せない。

という人は多いと思います。
私もかつてはそうでした。

実家にいた頃は、父親のアルコール依存症に悩まされていて、自分の居場所がまったく無く、とにかくこの親から離れることばかりを考えていましたが、実際に一人暮らしを始めるまで10年近くかかりました。

しかし、勇気を出して実家を出てからは、毒親との物理的距離が遠のいたことで、毒親と関わる割合が俄然減り、圧倒的に気持ちが楽になりました。
また、自分と毒親との関係を客観的に捉えることが出来るようにもなりました。

今回は「具体的にどうやったら毒親から離れられたのか」私の実体験をもとに、

  • ずっと離れられなかった理由
  • 毒親から離れると決心してから、実際に出るまでの流れ
  • 毒親から離れるための心の準備

を順番にお伝えしようと思います。

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毒親から離れたいけどなかなか離れられなかった理由

私が実際に実家を離れ一人暮らしが出来たのは28歳の時ですが、それまでにも家を出ることは何度も何度も考えました。

しかしなかなか行動に移せなかったのは、以下の3つの理由が大きかったです。

毒親に何を言われるか怖くて決心がつかない

今まで散々、私のやることなすことに干渉してきた親です。時に泣き、時に脅しながら、私の罪悪感につけこんで私の行動にストップをかけてきました。

家を出るだなんて、何を言われるかたまったもんじゃない。
はっきりいって恐怖、そして面倒でした。親に罵倒され、またいつものように喧嘩して消耗しなければならない。対決することにうんざりしていました。

また、この時はまだ親に許可をもらわないと家を出てはいけないという思い込みも強くありました。健全な家庭なら、20代後半で家を出るのに断りは入れても、許可なんていらないと思うんですよね。

私がいなくなったら両親は生きていけないのでは…という謎の使命感

酒飲みモンスターこと父親が毎日酷い暴れっぷりだったので、その度に「私がいなくなったらお母さんが一人でお父さんの集中砲火をうけてしまう、それは出来ない」と躊躇していました。

この時はまだ母親も私と同じように父親の被害者という認識だったのですが、実は母親も隠れモンスター・立派な毒親だと後から分かったので、私が抱いていた心配ははっきりいって杞憂でした😓

環境の変化への不安

家を出ると決心するからには、乗り越えないといけないことがいくつかあります。私にとっては「引越しの準備」も、すごく怖かったです。

不動産屋へ行かないといけない。
引越し業者に連絡を取らないといけない。
ライフラインの契約をしないといけない。

経験したことのないタスクが山ほどあります。
当時失敗を極端に恐れる性格だった私は、「何か面倒なことが起こりそう、嫌な思いをしそう」という予期不安に襲われて、なかなか行動に移せませんでした。

最終的に私を突き動かしたもの

酒で暴れまくっていた父親に老いの兆候が見られるようになり、他に頼る人もお金も無い中、私が介護担当としてあてがわれかけたことがきっかけでした。

私は社会人になってから、働かない父の代わりに生活費を稼いだり父の酒の失敗を尻拭いをしたりして来ました。
感謝の言葉どころか罵倒・人格否定ばかり言われながら我慢して一緒に暮らしてきました。

この最悪な父の面倒を最後まで自分が見ないといけない…

それまで自分の将来についてほとんど考えてこなかった私でしたが、そんな将来を想像して、心底嫌気がさしました。
「30歳までに脱出しなければ一生この家から出られなくなる」という強烈な焦りが最終的に私を動かしたのです。

毒親から離れようと決意してから行動に移すまで

家を出ると腹をくくってからは速やかに計画を進めました。

両親は私がやることなすこと「何してるんだ」と口を出してくる干渉の鬼です。尋ねられること自体がストレスだったので、直前まで家を出ることは両親には告げていませんでした。

以下が、私が家から脱出するまでのフローです。

①ネットであらかじめ地域と物件を絞り込んでおいて、会社を定時で帰れる日を作り、不動産屋に寄って相談。
いつも残業で遅かったので親から特に疑われることはなし。

②物件を決めてもろもろの必要手続きを進める。
最後は保証人に親のサインをもらわないといけなかったので、そこだけ不動産屋に待ってもらい、仮契約状態に。

③最低限かかる引越し代を計算して、引越し屋業者に連絡。
引越し屋業者といっても、お金を最小限に抑えたかったので赤帽の引越しサービスを予約しました。配送距離によって値段は違いますが、私の場合は荷運びと運送を行ってくれるところで、1万5千円でした。

この間 約1ヶ月くらいです。すべて予約&仮契約して、後に引けない状況を作ってから親に家を出ることを告げました。

私のやり方は結構強引だったかもしれません。正直、引越しの手続きを秘密裏にしている間も、どうやって親に伝えるべきか、伝えたらどうなるか怯えていました。
ただ、ここで止まってしまうと私自身諦めてまた振り出しに戻ってしまいそうで、それだけは絶対に嫌だったので、あとは親のサインをもらうところまでやり、引くに引けない状況にしたのです。

ちなみに、引越し資金は賃貸契約費用・赤帽・必要家電(洗濯機・冷蔵庫)の購入で、全部で50万いかないくらいだったと思います。

私は当時すでに会社員で、ある程度貯金があったので払うことができましたが、未成年の人には結構きつい金額かもしれません。

でも「今すぐ毒親から離れたい」と思うなら、なんとか頑張って貯めてほしいです。
今後の人生に関わる大事な、金額以上の価値のあるお金だと思います。

両親への伝え方

正直、緊張のあまり、何を言ったかあまり覚えていないんですが…

「あんたらとはもう暮らしたくない」など本当の理由を言ったところで揉めるだけなので、「そろそろ自分ひとりで生活をしてみる」と言った覚えがあります。

本当の理由は言わない方がいいものです。こちらが今まで苦労してきたことなど、毒親は100%理解してくれません。
「引っ越すことにした」「ひとりで生活してみる」と事実だけを言って、決して毒親に許しを請おうとは思わない方がいいと思います。

両親の反応

意外にも、両親の反応はあっさりしたものでした。
止められ罵倒され喧嘩になると思い込んでいたので拍子抜けしたのですが、上記の通り淡々と事実だけを言ったこと、また、引越し先が実家から30分くらいのところだったので「そう遠くない」という安心感?を与えたのかもしれません。

あと、いきなり告げられて虚を突かれたのか、あとはサインするだけの段階までやっていたので、向こうももうどうしようもなかったのかもしれません。

ただ、どちらにせよこの態度もいつ覆されるかわからないので、サインをしてもらったらさっさと不動産屋と赤帽に連絡・契約し、その10日後くらいにはすぐ家を出ました。

思い悩んで10年、計画を立てて約1ヶ月で、ようやく、ようやく私は毒親から離れることができたのです。

毒親から離れ一人暮らしを始めた結果(私の場合)

メリットを中心に書きます。

  • 生活が毒親一色じゃなくなった
  • 自分の趣味を思い切りやれるようになった
  • 自分の状況を客観的に見られるようになった

着るもの、食べるもの、寝起きする時間、全部親の干渉を受けずに済むんです。これは私にとって画期的なことでした。

泥酔の父に叩き起こされ、夜中にゲロの始末をし寝不足で会社に行くはめにならない。
新しく買った服や本にいちゃもんをつけられることもない。
好きじゃない大福を、食べるまでむりやり勧められることもない。

確実に心が軽くなります。
そして、新しいことに挑戦してみようという気になります。
成功しても失敗しても自分の自由なのです。

デメリットは、頭の中に毒親が湧き出てくるようになったこと。
長年かけられた毒親の呪いは深くてエグいです。
頭の中の毒親が、料理に失敗した私を鼻で笑って来たり、新しいフライパンを買おうとしても「やめろそんな高いの」と言って来たりするようになりました。
毒親から離れたあとに起こった出来事も、なかなかすごかったです。

ずっと毒親に押さえつけられていたために、毒親と同じように自分で自分を押さえつけてしまう癖がついてしまっているのです。
一人暮らしをして、それに気がつきました。

これはいずれは対決しなければいけない感情です。
むしろこの状態になったということは「客観的に見られるようになってよかった、今まで自分はよく頑張ったんだよ」とステージが一個上がったということだと思っています。

今まではそれにすら気づけず、ただ訳のわからない息苦しさにもだえていたんですから。

毒親から離れられない時期にしていたこと

これらはあくまで私が毒親から離れられた話でしたが、様々な事情で「今すぐには毒親から離れられない」という方ももちろんいらっしゃると思います。

そういう方に私が伝えたいのは、
我慢して同じ場所にとどまって、自分の人生が辛くなることだけは避けてほしいということです。

「同じ場所にとどまる」というのは、思考停止して人生好転する機会を失ってしまうという意味です。

私が親と同居していた頃は毎日が緊張と疲労で、仕事の多忙も相まって精神的にかなり消耗していました。消耗すると前向きな思考が一切できなくなります。悲しみに囚われ、人生省エネモードでいかにこれ以上傷つかず過ごすかという考えになっていました。

だから家から出るのに10年もかかったんですが、二十代のほぼ大半がずっとこれでした。
正直、この期間の印象があまりありません。

毒親から離れて、精神的に平穏を取り戻し、ようやく自分の人生について真剣に考えられるよようになってきました。

なので今は動けなくても、いつかタイミングが来た時にすぐ動けるように、知識と準備は少しずつ蓄えてほしいです。
どうか、我慢することがあなたの生きる道ではないんだよと、私は伝えたいです。

毒親・アダルトチルドレンに関する情報を仕入れて、常に客観的な思考を持っておく

私が実家にいた当時は、「毒親」という言葉がまだ浸透しておらず、こういう問題は非常にマイノリティでしたが、今ではたくさんの毒親・アダルトチルドレン関連本が出版されています。

視野の狭い毒親と近距離にいると、毒親が振りかざす常識に囚われてしまいます。
「親がおかしいと思う私は間違ってないんだ」「苦しんでいるのは私だけじゃないんだ」と気づくことは本当に大事です。窓を開けて常に外の世界が見えるようにしておきましょう。

特に私が良いなと思った本を紹介します。

田房さんといえば「母がしんどい」が有名ですが、実は私はまだ読めていません。以前数ページ読んだ際に母親のエピソードが辛く、そのまま置いてしまっています😅

「キレる~」は毒親に育てられた著者が「キレやすい自分」に気がつき、自己分析していく本です。毒親エピソードよりも著者ご自身にスポットを当てられているので冷静に読めました。

キレるまではいかずとも、我慢していることが常になっている人、自分の気持ちを封印している人、今の自分はなんかおかしい…と思っている人はぜひ読んでほしいです。その感情のメカニズムと、「我慢しなくていいんだ」ということに気づけます。漫画で読みやすいです。

毒親関連の本が世にあまりなかった時期、私が拠り所にしていた本。アダルトチルドレンの概念をこれで学びました。訳書なので文章表現がやや堅いですが、自分が育って来た家庭はどういうものだったのかを客観的に知ることができます。

アダルトチルドレンが得られなかった「子供らしく生きる子供の頃の私」を取り戻すため、自分の内面と向き合い、癒すための仕組みを知るにはこちら。自分でできるワークも紹介されています。

アダルト・チャイルドが自分と向きあう本
アスク・ヒューマン・ケア研修相談室

最後に

私は変化を恐れ、面倒を恐れて親から離れることに随分と時間がかかりました。
「親のために私がやらなければ」「家の問題を解決するのは私しかいないのだから、家を離れたらダメなんじゃないか」という勝手な思い込みも足かせとなっていました。

でも自分の進路や人生を犠牲にして「私がなんとかせねば」という義務感は必要ないんです。酒乱や夫婦の不仲などは親の問題であり、親自身が責任を持てば良いわけで。

もし実際なんとかできたところで、親からは残念ながら感謝の反応も言葉も返って来ません。感謝の気持ちが返ってくるような親なら元からアルコールで崩壊してません😅

当時は親の気持ちを優先するあまりこんなこともわかりませんでしたが、離れて暮らしてみて客観的な考え方もできるようになりました。

私は親の責任の肩代わりをしない代わりに、自分の人生に責任を持つということを家を出てようやく考えることができました。
自分の人生を生きるために、毒親から離れるのはとても大きなきっかけで、とても大事なことだと私は思います。

この記事が、少しでも毒親から離れようとするきっかけになってくれたら、とても嬉しいです。

後日談:合わせてどうぞ

▼毒親からようやく離れ、一人暮らしを始めてからの私の心境の変化・毒親との出来事、本当に大事なことに気づいた話をまとめました。

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